群馬県・渋川市・子持神社(日本武尊縁)

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【 概 要 】−子持神社の創建は不詳ですが崇神天皇年代(紀元前97〜30)とも嵯峨天皇年代(809〜823)とも言われ、又は日本武尊が東夷東征の際戦勝祈願の為木花開夜姫命と七柱の大神を勧請したと言われています。子持山山頂には奇岩、巨岩も多く、奥の院の背後も大きく岩肌の露出していたところからも古代から自然崇拝的な信仰があったのかもしれません。「上野国神名帳」や「神道集・上野国児持山之事」などの文献等にも社名が連ね古くから広く知られる存在でした。歴代領主からも崇敬され武田信玄や小田原北条氏、上杉氏からも庇護を受けています。江戸時代に入ると幕府から庇護され明治維新まで20石の社領が安堵されていました。又、参道にある万葉歌碑は1860年頃に郷土の文人達によって建立されたもので「子持山 若楓の紅葉まで 寝もと吾は思ふ 汝はあどか思う」と記され昭和62年に渋川市指定史跡に指定されています。
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子持神社(渋川市):周辺の見所

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