【 概 要 】−水沢寺(群馬県渋川市)の創建は推古天皇の時代(592〜628)、上野国司高光中将が恵潅僧正を招いて開山し自らの菩提所としたのが始まりと伝えられています。持統天皇の時代(690〜697)には国司である柄階邦隆と水沢寺門徒がささいな事から対立し伝承では御堂30余棟、坊舎300余棟、仏像180余体が焼失したと伝えられています。その後、東円上人(行基菩薩の弟子。前任である恵美僧正は伊香保温泉を発見したとも云われています。又、前後に伊香保神社が創建され水沢寺の守護神となっています。)によって再興され寺運も隆盛しますが永正8年(1511)、大永2年(1524)の火災で多くの堂宇が焼失しています。江戸時代に入ると幕府から庇護され朱印状を賜り、伊香保温泉の湯治客や札所巡りの巡礼者が盛んになり再び隆盛しています。特に伊香保温泉は草津温泉(群馬県草津町:日本三名泉・日本三大薬湯)、四万温泉(群馬県中之条町)と共に上毛三名湯に数えられた名湯だった事から湯治と子宝祈願(本尊の十一面千手観世音菩薩は継母からの刺客から伊香保姫の命を守った事から、子宝、安産、子育てに御利益があるとして信仰の対象となり、坂東三十三番札所第16番札所に選定されています。)をかけて水沢寺に参拝する人が飛躍的に増加し門前町も栄えました。現在の水沢寺境内には天明7年(1787)に再建された観音堂や仁王門、六角二重塔がありそれぞれ渋川市指定重要文化財に指定されています。又、境内には江戸時代から作られていた「水沢うどん」を売る店が軒を連ね"日本三大うどん"に数えられています。
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