富岡市: 貫前神社

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富岡市・貫前神社・歴史・観光・見所
貫前神社概要: 貫前神社の創建は安閑天皇元年(531)、物部姓磯部氏が氏神である経津主神の分霊を勧請して鷺宮に奉祀したのが始まりと伝えられています。格式が高く続日本後紀では承和6年(839)に従五位下、日本三代実録では貞観元年(859)に従四位下、貞観9年(867)に従四位上、貞観18年(876)に正四位下、元慶3年(879)に正四位上、元慶4年(880)に正四位上、日本紀略では寛平3年(891)に正三位、扶桑略記では延喜16年(916)に従二位、上野国交替実録帳では長元3年(1030)に正一位に列した事が記載されています。古文書や歴史書には貫前神社と拔鋒神社の2社の社名が記されている事から、2神(経津主神・比売大神)2社説(貫前神社と拔鋒神社は全く異なる神社で異なる神が祀られていた)と1神1社説(貫前神社と拔鋒神社は同義)があるようです。延長5年(927)に編纂された"延喜式神名帳"では貫前神社が名神大社に列していて、上野国(群馬県)で記載されている式内社の12社中の筆頭である一ノ宮として信仰を広げました。歴代領主や周辺の大名、為政者からも信仰され、特に上杉氏や小田原北条、武田氏は篤く崇敬され、武田氏にいたっては社殿の造営費用を賄ったとされます。江戸時代に入ると幕府から庇護され社領の寄進や社殿の造営などが行われ、明治時代には国幣中社、太平洋戦争後は本庁別表神社となっています。貫前神社の境内は「下り宮」あるいは「下り参りの宮」と呼ばれる形式で参道を一旦登った後、総門から下った所に社殿が配置されている独特なもので草部吉見神社(熊本県阿蘇郡高森町)、鵜戸神宮(宮崎県日南市)と共に日本三大下り宮に数えられています。貫前神社社殿は寛永12年(1635)、3代将軍徳川家光が再建したものを5代将軍綱吉が改修したもので本殿 、拝殿 、楼門が国指定重要文化財に指定されています(本殿は単層2階建という独特な社殿形式を持っていることから「貫前造」と呼ばれています)。
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貫前神社の文化財
 ・ 貫前神社本殿−寛永12年−三間社・春日風・檜皮葦−国指定重要文化財
 ・ 貫前神社拝殿−寛永12年−三間社・入母屋・檜皮葦−国指定重要文化財
 ・ 貫前神社楼門−寛永12年−四脚楼門・入母屋・檜皮葦−国指定重要文化財
 ・ 白銅月宮鏡−国指定重要文化財
 ・ 銅鏡2面(梅雀文様、竹虎文様)−国指定重要文化財
 ・ 鹿占習俗−国選択無形民俗文化財
 ・ 鹿占習俗−群馬県指定重要無形民俗文化財
 ・ 奉納鏡−富岡市指定文化財
 ・ 唐銅製燈籠(1対)−慶応元年、高さ約395cm−富岡市指定文化財
 ・ スダジイ−推定樹齢千年、樹高10m、根周4m−富岡市指定天然記念物

貫前神社
参道
[ 付近地図: 群馬県富岡市 ]・[ 富岡市:歴史・観光・見所 ]
大鳥居 総門 燈籠 楼門
拝殿 本殿 拝殿・本殿 神楽殿
勅使門・勅使鳥居 末社日枝社 スダジイ 銀杏
住宅設計

 

 

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